トマトの成長ステージ別積算温度（GDD）要件の総合調査報告

概要

本報告では、トマトの各成長ステージ（発芽～苗期、栄養成長期、開花・結実期、果実肥大・成熟期）ごとに必要とされるGrowing Degree Days（GDD, 積算温度）について、国内（日本）の農業試験場や官公庁、学術論文を中心に調査し、可能な限り一次情報を基に整理した。直接的なGDD値が得られない場合は、日数・実測気温とbase temperature（有効積算温度の下限）・optimal temperatureを用いて推定した。また、得られた知見の主な不確かさについても解説した。

積算温度（GDD）の基礎知識とトマトにおける基準値

• GDDは、作物の生育進行を評価するための主要指標であり、日平均気温からbase temperature（基準温度）を差し引いた値を、各成長ステージの日数分合算することで算出される。
• 多くの日本の文献や海外文献では、トマトのbase temperatureは10°Cとされる事が一般的だが、近年の国内試験研究では品種や成長過程ごとに異なる積算温度の下限を算出しており、栽培現場での正確な管理にはそれら個別値を活用することが推奨される[1][2][4][5]。

トマト各成長ステージ別：GDD要件まとめ

1. 発芽～苗期（Germination to Seedling）

• 最適最低温度・最適最高温度：20～25°C程度
• base temperature：10°C
• 日数：6～8日（一般的な日本産トマト種）
• 直接的なGDD値：日本及び国際文献に明確な記載なし
• 推定方法：
  • GDD = （平均気温 - base temp）× 日数
  • 例：22°C（平均）-10°C＝12°C × 7日 ≈ 84°C・日
• 不確かさ：実温度や湿度などの環境に大きく依存するため、品種や栽培体系により20～30％前後の幅が生じる可能性あり[6][9]。

2. 栄養成長期（Vegetative Growth）

• 最適最低温度・最適最高温度：昼 25～28°C、夜 15～17°C
• base temperature：10°C
• 日数：25～35日（国内育苗～定植・草丈生育期間の範囲を含む）
• 直接的なGDD値：明確な数値なし
• 推定方法：
  • 平均気温22°Cと仮定：（22°C - 10°C）× 30日 = 360°C・日
  • 補正値（露地と施設で差異大）：400～500°C・日程度が目安
• 不確かさ：生育環境（日長、栄養条件）、品種、管理方法の違いによる幅あり。日本の一部研究で茎成長期base tempを13.2°Cとするケースも存在[1][5][9]。

3. 開花・結実（生殖期／Flowering and Fruit Set）

• 最適最低温度・最適最高温度：15～26～30°C
• base temperature：日本の品種ごとに異なるが、10°C～13.2°Cまでの報告あり
• 主要な報告値：
  • 『りんか409』品種：花房間隔（次の花房の開花まで）で220°C・日（base temp 13.2°C）[1]
  • 海外モデル：GDD（base temp 10°C）で開花初期を予測する例あり、だが全期間GDDの中間地点に該当する扱い
• 推定：上記品種で開花まで累積すると、全体の1/3～1/2に相当（下記の果実肥大・成熟期を参考）
• 不確かさ：国内でも花序の形成・開花感知の積算温度は品種、管理環境によって異なる旨が指摘され、直接値の文献記載は極めて少ない[1][4][5]。

4. 果実肥大・成熟期（Fruit Enlargement and Maturation）

• 最適最低温度・最適最高温度：18～27°C
• base temperature：日本の実証事例で品種ごとに異なり（例：りんか409=13.2°C、TYミソラ=不明、House桃太郎=不明）、一般には10°Cが用いられる
• 主要な報告値：
  • 神奈川県農業技術センター：着色開始 841°C・日、完熟（a*21到達）まで 959°C・日（積算有効温度、base tempは体感10～13°C推定）[2]
  • 東京スマート農業：開花～収穫初めまで約1,000°C・日、収穫期間 270°C・日（品種によって±100°C・日の幅）[1]
  • 海外大型果培養：花後熟まで1,700～1,850°F・日（約944～1,028°C・日、base50°F/10°C）[4]
• 分析：
  • 日本・海外ともに開花～成熟・収穫までのGDD値が約950～1000°C・日程度で一致
  • 国内品種による差（完熟点到達：841～1008°C・日）
• 不確かさ：着果位置、気温のばらつき、環境制御精度で個体差・環境差が生じる[2]。

5. 全体のGDD目安（参考：種まき～収穫まで）

• 日本・海外文献ともに、播種～収穫まで2,000°C・日前後（base temp 10°C前提）が多い[3][4]。
• ISHSによる‘Cal j’品種の報告：種まき～収穫が2,055～2,248°C・日（base temp 6°C）[3]。

国内外の文献値・推定値の比較と補足

• 直接GDD値が得られた範囲：日本では花後～熟期のGDD値（841～1,008°C・日）が農業試験場レベルで細かく検証されている（完熟や着色など定義も明確）。一方、発芽や栄養成長、開花/結実など初期段階のGDD値は多くが推定に留まる。
• 推定方法の妥当性：国内外問わず、日数・base temp・積算温度の関係は概ね同一化されており、「各ステージ日数×（平均日気温-base temp）」という通則的手法は広く認められている[6][9][10][11]。
• 品種・環境要素：日本の最新研究（例：東京スマート農業プロジェクト）は、同じ施設内でも品種ごとに有効積算温度の「しきい値（base temp）」が異なること、積算温度の目安も50～100°C・日前後でズレる事を強調している[1][2]。

主な不確かさ・注意点

• base temperatureの違い：実務上は10°Cまたは主要研究で報告されたbase tempを使うが、対象品種とステージにより数°C変化する場合あり。
• 生育環境差と管理法：施設・露地、温度管理の有無など環境条件で日数や積算温度自体が変動し得るため、現場適応には一定の幅持たせた運用が望ましい。
• 文献値の断片性：GDDが明確に段階ごとに整理されている国内本邦の公式報告は稀（特に発芽～栄養段階）。逆に花後～完熟に関しては根拠のある数値が得られている。

総括一覧表

成長ステージ	base temperature	最適温度（目安）	日数(目安)	推定/報告GDD（目安）	出典例
発芽～苗期	10°C	20～25°C	6～8日	80～100°C・日（推定）	[6][9]
栄養成長期	10°C	15–28°C	25～35日	350～500°C・日（推定）	[5][9]
開花・結実（花房間隔）	13.2°C（例）	15～26°C	例：数日～1週間	220°C・日（花房間隔/品種例）	[1]
果実肥大・成熟期	10～13.2°C	18～27°C	20～40日	841～1,008°C・日（完熟到達/着色開始）	[1][2][4]
種まき～収穫（全体参考）	6～10°C	20～28°C	120～180日	2,000°C・日前後（全体目安）	[3][4][5]

まとめ

• トマトの各成長ステージに必要なGDD（積算温度）について、発芽～苗期、栄養成長期は文献からの推定であるが、果実肥大・成熟期については国内試験場等による詳細な観察と数値報告があるため、実用的かつ品種ごとの幅も明確である。
• 積算温度管理は品種特性や現場の精度による個体差を加味しつつ、国内外の標準値の範疇で十分な生育管理・収穫適期予測ツールとなり得る。
• 特に施設園芸等では、国内研究に基づくbase temperatureと積算温度管理を活用することで、従来よりも精度の高い生産計画が立てられる。
• 各ステージの積算温度推定値は、今後品種固有データが拡充されることで、より詳細で個別性のある管理指標となる余地が大きい。

---

Sources

[1] トマトの生育制御・栽培管理の合理化に向けた有効積算温度モデルの構築（東京スマート農業プロジェクト報告書 PDF）: https://www.tokyo-aff.or.jp/uploaded/attachment/9095.pdf
[2] トマト果実の成熟に伴う果実表面色の変化と積算温度の関係の解明（神奈川県農技センター PDF）: https://www.pref.kanagawa.jp/documents/95322/5102nougi19.pdf
[3] GROWTH AND DEVELOPMENT OF TOMATO 'Cal j' (ISHS): https://www.ishs.org/ishs-article/100_20
[4] Growing Degree Days - Dr. Marv Meisner's Giant Tomatoes: https://www.giantpumpkin.com/TomatoEbook/c28.html
[5] How to Use the Tomato Growing Degree Day Model（Oregon State University): https://blog.pestprophet.com/how-to-use-the-tomato-growing-degree-day-model/
[6] Tomato Growth Stages: From Germination To Ripening（EOS Crop Management Guide）: https://eos.com/crop-management-guide/tomato-growth-stages/
[7] Determination of developmental and ripening stages of whole tomato fruit (BMC Plant Biology): https://bmcplantbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12870-019-1852-5
[8] Flowering tomato plant growth stages - Nutrition Program (Haifa Group): https://www.haifa-group.com/haifa-blog/flowering-tomato-plant-growth-stages-nutrition-program
[9] Tomato Plant Growth Timeline: 7 Stages (With Pictures) - The Spruce: https://www.thespruce.com/tomato-plant-growth-timeline-7255375
[10] Base and upper temperature thresholds to support the calculation of crop development (Agricultural Water Management, 2025): https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S037837742500469X
[11] Vegetable degree-day models: An introduction for farmers and gardeners (OSU Extension): https://extension.oregonstate.edu/catalog/em-9305-vegetable-degree-day-models-introduction-farmers-gardeners