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世界的な観点から見たほうれん草の主な害虫とその被害症状の総覧

概要

本総覧では、ほうれん草(Spinacia oleracea)に世界的に広く被害を与えている主な害虫について、科学的名称、形態的特徴、典型的な生活環、およびそれぞれの害虫による特徴的な被害症状を解説する。また、特に注目度・経済的重要性が国際的に認められている害虫を中心に、典型的な被害症および診断上有用な特徴について詳細に記述する。情報源は国際的な論文、農業普及資料、権威ある昆虫学データベースにもとづく。

主なほうれん草害虫と被害症状

1. ハモグリバエ(リーフマイナー類)

主な種と学名

  • ハモグリバエ(Pegomya hyoscyami、Pegomya betae:ヨウサイハモグリバエ・テンサイハモグリバエ)
  • マメハモグリバエ(Liriomyza spp. 例:L. huidobrensis, L. langei等)[1][2][3][4]

形態的特徴

  • 成虫は小型の黒〜灰色のハエで、黄色味の模様と長い剛毛がある。
  • 幼虫は半透明の白色〜黄白色で、体長は最大6mm程度。

主な被害症状

  • 幼虫が葉の葉肉を食害し、葉の表皮を破らない「潜葉性食害」を行うため、葉面に白色〜淡褐色の「うね状の線」や「不規則な斑点(大きなマイン)」が現れる。
  • 被害が進行すると大きな病斑となり、葉全体が食害される。
  • 成虫の吸汁により小さな穿孔・斑点が生じることもある。
  • 被害葉は商品価値を著しく低下させ、また二次病害の侵入が促進されることがある[1][2][3][4]。

生活環・発生特徴

  • 幼虫は葉の内部で加害、土壌中で蛹化し越冬する。
  • 成虫は5月頃から発生し、葉裏の縁に産卵。幼虫は数日で孵化し、連続的に被害を及ぼす。
  • 年数回世代交代(温暖地では3〜4世代/年)、露地・施設どちらでも被害が問題となる[2][3][4]。

被害診断のポイント

  • 葉に現れる典型的な潜葉トンネルや明瞭な白色斑点が特徴。
  • 天敵(寄生バチ等)の存在による被害の自然抑制も重要[3][4]。

2. アブラムシ類

主な種と学名

  • モモアカアブラムシ(Myzus persicae)
  • ワタアブラムシ(Aphis gossypii)[3][5]

形態的特徴

  • 小型(約1.5〜2mm)、柔らかく洋梨型の体型。
  • 色は緑〜淡黄色または淡緑色で、群生することが多い。

主な被害症状

  • 新葉や若葉に集団で寄生し、吸汁加害により葉が黄化、しおれ、ちぢれ、歪む。
  • 吸汁の際に分泌する「甘露」によりすす病が発生しやすく、アリが誘引される。
  • ウイルス病の媒介(黄化モザイク病等)も経済的損失の主要因[3][5][6][7]。

生活環・発生特徴

  • 世代重複型で極めて生育が速く、爆発的に個体数が増える能力がある。
  • 年間複数世代。特に温室栽培や高温期に発生が激しくなる[5][7]。

被害診断のポイント

  • 群生して葉の新芽部や裏に付着。葉の変形・黄化と同時に、甘露とそれによるすす病症状が認められる。
  • ウイルス病の初期症状にも注意[3][5][6][7]。

3. チョウ目(鱗翅目)幼虫類(ヨトウムシ、アーミーワーム、ルーパー類)

主な種と学名

  • ビートアーミーワーム(Spodoptera exigua)
  • ヨトウムシ(Agrotis spp.)
  • キャベツルーパー(Trichoplusia ni)
  • ワタアメイガ(Helicoverpa zea)、その他複数種[4][8][2]

形態的特徴

  • アーミーワーム:体色は灰緑〜黒で、側面に黄色線や黒班が目立つ。2番目胸脚上に黒い斑点がある(Spodoptera属の特徴)。
  • ヨトウムシ類:やや太い体型で、刺激を受けると「C」の字に丸まる。
  • キャベツルーパー:緑色で背に白線、移動時に体をアーチ状にする「ルーパー運動」[4][8][2]。

主な被害症状

  • 葉縁や葉面に不規則で大きな孔を空ける。
  • 葉の表皮のみ残し「ウィンドウパンニング」状の被害が出ることもある。
  • 幼苗~成苗期は特に強い食害で生育停止や枯死に至る場合も。
  • 被害部近くには糞粒が集積[4][8][2]。

生活環・発生特徴

  • 多くの種が卵塊で産卵。孵化した幼虫は集団で加害開始し、その後単独行動へ。
  • 温暖期〜初秋に多発。圃場や施設の両方で問題となり、多発条件下では短期間で壊滅的被害が起こる[4][8]。

被害診断のポイント

  • 葉の大きな食害孔と葉裏や基部での幼虫・糞粒の確認。
  • 早期発見には定期的な葉の反転調査が不可欠[4][8]。

4. アザミウマ類(スリップス)

主な種と学名

  • ネギアザミウマ(Thrips tabaci)
  • ミナミキイロアザミウマ(Frankliniella occidentalis)[3][9]

形態的特徴

  • 非常に小型(約1〜2mm)、体は細長く、黄色〜褐色。
  • 狭く細羽に長いフリンジ状の毛がある。肉眼では確認しにくい。

主な被害症状

  • 葉表に「銀白色〜銅色」の筋や斑点(シルバーストリーキング)が出る。
  • 葉がちじれたり巻いたりする等の変形、微細な黒点(排泄物)が付着。
  • 加害痕は特に若葉、軟弱な組織で顕著[3][9]。

生活環・発生特徴

  • 幼虫・成虫ともに葉や花を吸汁。乾燥高温条件で発生が促進。
  • 年間多世代。温室栽培や露地(乾燥・風の強い環境)で問題化[9]。

被害診断のポイント

  • 葉の表面に銀白色斑やわずかな歪み+黒点。ルーペ等で微小個体を観察[3][9]。

5. ホウレンソウガワミミズ(クラウンダニ)

主な種と学名

  • Rhizoglyphus属(Crown mite)[10][11]

形態的特徴

  • 極めて小さく(0.5mm程度)、淡黄色〜半透明、体にまばらな長毛。
  • 葉の折れ目や生長点近くに球形の卵を産む。

主な被害症状

  • 葉の新葉や冠部分(生長点)内部を加害し、「葉の縮れ」や「葉身の歪み」を引き起こす。
  • 表面からは害虫自体がほとんど見えないが、被害形状が独特[10][11]。

生活環・発生特徴

  • 高有機質・湿度の高い土壌を好む。
  • 被害は低温多湿条件で多発し、圃場残渣や作土を通じて越冬・再発生する[10][11]。

被害診断のポイント

  • 新葉・クラウン部に特有の縮れや奇形が出る場合はクラウンダニ被害を疑う。
  • 暖かく日当たりの良い栽培環境では発生抑制[10][11]。

6. その他世界的に問題となる害虫(地域限定傾向あり)

  • ツマグロヨコバイ等のヨコバイ類:ウイルス媒介や吸汁により葉が黄化、波打つ。
  • コガネムシ幼虫(ワイヤーワーム):根や幼苗へ加害、主に冷涼地や新規開墾圃場で問題。[2][4]
  • ノミハムシ・各種甲虫類:地域や栽培法で局所的に問題化[3][6]。

地域・栽培環境による発生傾向

これらの害虫は露地栽培だけでなく、施設(温室・ハウス)栽培でも世界各地で報告されている。特にリーフマイナーやアーミーワーム類は温暖・亜熱帯、周年栽培が一般的な地域で大きな問題となっている[4][8][3]。また、アザミウマやアブラムシは乾燥条件や温室内で、クラウンダニは冷涼・湿潤土壌条件下で被害発生が顕著である。


被害診断・防除のポイント

  • 多くの主要害虫について、葉の「食害痕形状」や「葉色・葉形の変化」が診断の手がかり。
  • 定期的な観察(特に葉裏・新芽部)、被害初期段階での発見と、天敵・生物的防除資材(Bt剤、寄生バチ等)がIPM(総合的病害虫管理)の基本。
  • 被害葉・圃場残渣の適切な処理、輪作や物理的防除(ネット・マルチ)も有効。
  • 一部害虫では化学農薬が有効だが、薬剤抵抗性や天敵保護に留意し、ローテーション使用を推奨[4][5][8][3]。

まとめ

ほうれん草の害虫はハモグリバエ類、アブラムシ類、チョウ目幼虫類(アーミーワーム等)、アザミウマ類、クラウンダニが世界的に主要な発生種として認識されている。それぞれの害虫がもたらす「特徴的な被害症状」― 潜葉マイン、吸汁による黄化やウェーブ状変形、大孔食害、銀白ストリーキング、クラウン部の新葉奇形― を観察することで、早期診断と的確な防除につなげることができる。本稿で挙げた害虫群は、どの生産国・気候でも発生が報告されており、最先端のIPMを中心とした総合管理が不可欠である。


Sources

[1] Spinach Pests Identification - GrowVeg.com: https://www.growveg.com/pests/us-and-canada/plant-problems/spinach-pests-identification/
[2] Common pests and diseases: Spinach - Urban Farmer: https://files.ufseeds.com/on/demandware.static/Sites-UrbanFarmer-Site/Sites-UrbanFarmer-Library/default/images/spinach-common-pests-and-diseases.pdf
[3] Spinach | Diseases and Pests, Description, Uses, Propagation - PlantVillage: https://plantvillage.psu.edu/topics/spinach/infos
[4] Spinach / Agriculture: Pest Management Guidelines / UC Statewide IPM: https://ipm.ucanr.edu/agriculture/spinach/
[5] Spinach: Aphids | Hortsense | Washington State University: https://hortsense.cahnrs.wsu.edu/fact-sheet/spinach-aphids/
[6] Crop Profile for Spinach in Arizona (PDF): https://cales.arizona.edu/crop/public/docs/AZspinach.pdf
[7] Research advances and prospects of spinach breeding, genetics ... (peer-reviewed): https://www.maxapress.com/article/doi/10.48130/VR-2021-0009
[8] SPINACH - UC IPM (PDF): https://ipm.ucanr.edu/pdf/pmg/pmgspinach.pdf
[9] Thrips (Insecta: Thysanoptera: Thripidae) - ResearchGate: https://www.researchgate.net/publication/379347652_Thrips_Insecta_Thysanoptera_Thripidae
[10] Spinach Crown Mites in Spinach - University of Maryland Extension: https://extension.umd.edu/resource/spinach-crown-mites-spinach
[11] spinach - UConn Extension - University of Connecticut: https://publications.extension.uconn.edu/tag/spinach/