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人参(にんじん)の成長ステージ別温度要件の総合整理
概要
本報告は、人参(Daucus carota L.)の主要成長ステージごとに必要な温度要件を「optimal_min(最適最低温度)」「optimal_max(最適最高温度)」「base_temperature(基準温度)」「low_stress_threshold(低温ストレス閾値)」「high_stress_threshold(高温ストレス閾値)」「max_temperature(最大温度)」「frost_threshold(霜害閾値)」、および開花期のみ「sterility_risk_threshold(不稔リスク閾値)」のパラメータで整理し、国内外の科学的・技術的な一次資料と農業ガイドラインをもとに総合的にまとめます。不明瞭または研究に差異がある値も明記します。
各パラメータの定義
optimal_min / optimal_max(最適最低 / 最適最高温度)
該当成長ステージで生育・生理機能が最も良好に進む温度範囲。base_temperature(基準温度) 生理的な発芽や成長がほぼ停止する最低温度。積算温度計算の基準にもなる。
low_stress_threshold / high_stress_threshold(低温 / 高温ストレス閾値)
この温度を下回る(上回る)と、成長や品質が低下したり障害が発生しやすくなる温度。max_temperature(最大温度) 生育・発芽が停止、あるいは生理的障害・死亡が起こりうる温度の上限値。
frost_threshold(霜害閾値、耐凍温度) 組織が凍結し、細胞障害あるいは枯死が起きやすい気温。
sterility_risk_threshold(不稔リスク閾値) 開花・受粉・受精期において生殖細胞の正常機能が阻害され、不稔率が著しく上昇する温度(人参では穀類ほど詳細な研究なし)。
成長ステージ別温度パラメータ一覧表
| 成長ステージ | optimal_min | optimal_max | base_temperature | low_stress_threshold | high_stress_threshold | max_temperature | frost_threshold | sterility_risk_threshold(開花のみ) | 参考文献 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 発芽 | 15°C | 25°C | 5~6°C | 10°C未満:遅延 | 25°C超:低下/34~35°C超:発芽不可 | 35°C(発芽せず) | -2~-3°C(新芽枯死) | — | [1][2][3][4][5][6][7][8] |
| 葉茎伸長・栄養成長 | 18°C | 21~22°C | 約3°C | 10°C未満:生育緩慢・徒長 | 23~28°C超:変形・着色悪化/28°C超:停止 | 28~35°C(生育・肥大停止) | 0~-2°C(上部枯死) | — | [2][3][5][6][7][8] |
| 根部肥大 | 16°C | 21°C | 約3°C | 10°C未満:膨大不良 | 21°C超:着色障害/23~28°C超:品質低下 | 28~35°C(生育停止・障害) | 0~-2°C(地際部枯死) | — | [2][3][5][6][7][8] |
| 開花・抽苔 | 15~25°C | 21°C | —(バーナリゼーションには10°C以下が必要) | 低温時:花芽分化/抽苔誘導 | —(推定28~30°C以上で機能低下) | 通常35°C以上(生殖器官障害) | 0°C未満(花部障害) | —(イネ等穀類のみ詳細指標) | [2][3][5][6][8][9] |
各ステージごとの解説と値の詳細
1. 発芽期(播種~発芽)
- 最適温度:15~25°Cで最短かつ最良の発芽率となる。11°Cで発芽まで約20日、8°Cでは30日以上かかるとされる[5][6][7][8]。
- 基準温度:5~6°Cが発芽可能最低温度。これを下回ると発芽生理がほぼ停止。
- 低温ストレス:10°C未満では生育遅延・発芽率低下、8°C未満で著しく遅延[5][8]。
- 高温ストレス・最大温度:25°Cを超えると発芽率減少。30°C以上で発芽障害、35°C超で発芽しなくなる[2][4][8]。
- 凍害温度:発芽直後・幼苗で-2~-3°C以下になると致死枯死[7][8]。
2. 栄養成長・葉茎伸長期
- 最適温度:18~21/22°C[3][7]。
- 基準温度:3°C程度。これを下回ると生育著しく鈍化[3][5][7]。
- 低温ストレス:10°C未満で葉が細く、色が薄く、徒長しやすい[3][7]。
- 高温ストレス:23~28°C超で根部の色沢・形状が悪化し、28°C超で成長停止や割れやすくなる[5][7][8]。
- 最大温度:おおよそ28~35°Cで生育停止や枯死が起こる[3][7]。
- 凍害温度:0~-2°Cで地上部・葉に凍害[7]。
3. 根部肥大・根の品質形成期
- 最適温度:16~21°Cが根の肥大・着色の最良範囲。21°Cを超えると着色障害や品質低下[3][7][8]。
- 基準温度:3°C程度(生育継続)、低温ストレスは10°C未満で根の太りが悪い。
- 高温ストレス:21°C超で品質低下。23~28°C超で急激に膨大障害や着色障害が現れ、28°C超でほぼ停止[5][7][8]。
- 最大温度/凍害温度:上記と同様。
4. 開花・抽苔期(バーナリゼーション後)
- 最適温度:15~25°C(花芽形成~開花)[3][6]。
- 基準温度:直接的な記述なし。ただし、抽苔には幼苗期に10°C以下(5~7°C目安)のバーナリゼーションが必要で、1~2カ月の低温処理で花芽分化が促進される[6][8][9]。
- 高温ストレス:明確な閾値は示されていないが、28~30°C超で生殖器官の発達障害あるいは受粉不良が推定される(詳細データはイネ等穀類ほど整理されていない)[6][9]。
- 最大温度:~35°Cを超えると生殖器官の発達・機能に障害が出る危険性が高いと考えられるが、明文化した日本農業指針はない[2][9]。
- 凍害温度:0°C未満で花部ダメージ。
- 不稔閾値:「sterility_risk_threshold(高温不稔発生温度)」自体は日本・国際的文献ともに人参についてはほとんど定義がなく、稲等穀類(34~35°C超)でのみ精密な定義あり[10]。
諸文献間のばらつきおよび未定義パラメータの解説
- 最適温度や基準温度など主要パラメータは、国内(JA/MAFF, 各種農協・普及所)・海外文献ともほぼ一致しています。
- 発芽期が最も温度感受性が高く、種子の品種や土壌条件により細かなズレが生じることもあるものの、原則15~25°Cがベスト、極端な低温・高温は共に障害の主因となります[5][6][8]。
- 開花期における「高温不稔の発生温度」はイネ・麦などの穀類では詳細な品種間差も含め定義されていますが、人参に関してこれに該当する閾値を明示した日本語・英語文献は皆無です(抽苔や花芽分化の温度処理の研究が中心)。
- 経験的には、極端な高温が開花・受粉・種子形成に悪影響を与える可能性は指摘されていますが、「35°Cを超えると不稔著増」等の説明は見当たりません[9][10]。
まとめ
人参の発芽から開花に至る各成長ステージは、それぞれ異なる温度範囲で最も順調に進みます。もっとも温度に敏感なのは発芽期で、最適外では重大な発芽率低下を招きます。栄養成長期・根部肥大期は16~21°C付近が理想で、これを逸脱すると品質劣化・不良根・生育障害につながります。
開花期に関しては、バーナリゼーション(低温誘導)による抽苔・花芽形成が重要であり、高温障害や不稔の具体的閾値は人参には明示されていません。他穀類(イネ等)のような「開花期高温耐性品種」も、人参には存在しません。これは国内外ガイドライン・学術論文の全てに共通する認識です。
参考文献
[1] にんじんの栽培方法・育て方 | タキイネット通販: https://shop.takii.co.jp/selection/ninjin2011.html
[2] 人参栽培指針 - JAいがふるさと: https://www.jaiga.or.jp/?p=682
[3] 低炭素社会に向けて「日本の経験、アジアの挑戦」: http://2050.nies.go.jp/sympo/090212/ws/file/report_20090213_S-3WS.pdf
[4] Carrot Seed Germination at High Temperature: Effect of Genotype: https://journals.ashs.org/view/journals/hortsci/43/5/article-p1538.xml
[5] ニンジンの栽培: https://www.hidefmc.com/ninjin/
[6] 人参が発芽しないのは?原因は?上手に発芽させる方法を解説!: https://nogyoya.jp/fc/column/konsai/qzvwfd9k8alj/
[7] 夏まきにんじん栽培マニュアル (品質・収量向上対策) - 農林水産省: https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/hukyu/h_zirei/brand/attach/pdf/201023_3-42.pdf
[8] にんじんの発芽率向上に向けて: https://www.pref.kagoshima.jp/al08/chiiki/nansatsu/sangyo/nougyou/gijutsu/documents/62039_20171005192314-1.pdf
[9] (PDF) Vernalization Requirement, but Not Post-Vernalization Day Length Conditions Flowering in Carrot Daucus carota L: https://www.researchgate.net/publication/360044672_Vernalization_Requirement_but_Not_Post-Vernalization_Day_Length_Conditions_Flowering_in_Carrot_Daucus_carota_L
[10] 開花期の高温による水稲の不稔発生の品種間差異 - 埼玉県: https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/32295/01_suitouyuuseihunenn.pdf